世界死刑廃止の日

ご無沙汰しております、イレブンスです。
本日は10月10日、体育の日・・・ではありますが
今回更新に至ったのはそれとは無関係でして
世界死刑廃止の日(世界死刑廃止デー)によるものです。

世界死刑廃止の日は死刑廃止世界連盟が
2002年に制定した日でして
公式サイトはこちら
http://www.worldcoalition.org
(日本語版はありませんのであしからず)

世界死刑廃止の日は欧州連合も2007年から取り入れておりまして
駐日欧州連合もこの件について近日コメントしています。
http://www.euinjapan.jp/resources/news-from-the-eu/20161010/160047/
http://www.euinjapan.jp/resources/news-from-the-eu/20161007/174554/

日本弁護士連合会(日弁連)も10.07(金)に福井県福井市にて開かれた
人権擁護大会にて
死刑制度の廃止を提言しました、主な内容はこちら
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2016/2016_3.html



この数十年で死刑廃止の国は増えつつあります。
私も長年死刑廃止の立場にあり、あらゆる刑罰で唯一暴力的な行為であり
死刑は司法による憂さ晴らしの代理殺人と同じです。
近年は死刑囚の冤罪被害も明るみとなりました。
さらには2008年の茨城県土浦市の連続殺傷事件、
今年の北海道釧路市の殺傷事件でのように
死刑になりたくて人を殺す者まで現れる始末です。
この現状を鑑み、果たして死刑は必要なのでしょうか?
極刑が死刑である必要性があるのでしょうか?

死刑を求める人に奥底に潜むのは憎悪、すなわちヘイトです。
社会が憎悪によって物事が進んでならないんですよ。
殺されたから死に至らしめてやりたい
そういう憎悪の感情は普通止めてあげるべきではないのでしょうか?
憎悪に同調することは本当にその人の為になるとは到底思えません。
私達が犯罪被害者の方々にも同調し寄り添うべきは憎悪ではなく悲しみだと思います。

死刑にしたって亡くなった人は帰ってきません。
死刑にして命を奪う事が本当に亡くなった人が望んでいるかも定かではありません。
命を奪った犯罪者を死刑を望み命を奪う。
そうなれば犯罪者も遺族もお互い命を奪った者同士です。
そんな虚しい憂さ晴らしが決して遺族の為になるとは思えません。